アートと建築を巡る ミニツアー
有馬温泉には名だたる宿が多いが、その中で、「陶泉 御所坊」は、好事家(こうずか)を唸らせる独特の雰囲気に満ちている。
この空間を創り上げたのが、絵画、彫刻、陶芸、建築、篆刻、茶の湯と、幅広い領域を横断し創作活動を展開してきた美術作家の綿貫宏介(わたぬき・ひろすけ/1926〜2021)と、現当主の金井啓修(ひろのぶ)さんだ。
館のリニューアルイメージを構想中、漢詩の世界観を映し出すような、モノクロ写真の似合う空間をつくりたかったという金井さん。縁あって、綿貫氏と出会い、この人にこそ頼みたい!と思ったそうだ。
昭和61年(1986)から15年をかけて、「陶泉 御所坊」のプロデュースに関わってもらうことになったという。
「無汸庵(むほうあん)」と名付けられた綿貫氏の世界観は、「陶泉 御所坊」のすべてにおいて、唯一無二の趣を与えていて、それは年月が経っても決して色褪せない。「無汸庵」とは、物事に囚われないさま、融通無碍(むげ)のことを表わすという。
同館のスタッフに、館内随所に散りばめられた綿貫氏の創作世界を案内してもらう。
暖簾に染め抜かれた文字、ドアの装飾、食器、それから消火栓に至るまで、細部に宿る「無汸庵」の精神世界にこちらも染められそうな気がする。
金井さんの思いを受けて、15年以上の月日をかけて創り上げた綿貫氏の作品=空間。洗練と情熱、溢れるような力強い何かが、一つひとつの端正な造形に込められていることを痛感し、ただただ、圧倒されてしまう。
「目に入るものすべてを作りたいんや」
若き日の綿貫氏の言葉に心打たれる。
陶芸体験
今日は以前から楽しみだった、ものづくりのプログラムを体験する。
有馬川の畔にある有馬唯一の窯元[温馨窯(おんけいがま)]。主人であり、陶芸家の田中光弥さんは、兵庫県の東条の窯元で修業し、有馬温泉で窯を開いた。
「街には街の色があるように、創られるモノにもその街の色がある。手の中にいだかれた器は、この土地や人とつながっている。だから、ここにしか無いモノになる。そんな器を創りたい」という思いをやきものに込めて日々、作陶に励んでいる。
特徴的なのはやきものに効能豊かな有馬温泉の金泉を用いることだ。金泉はやきものに千変万化の美しさともたらしてくれるという。釉薬に用いれば、緑・黄・飴色とさまざな色彩を産み、絵付にすれば、風雅な鉄砂色となって現れる。ギャラリーショップに並ぶ器やカップたちの色彩の豊かさと深みに驚く。
今日は田中さんの指導で作陶にチャレンジする。
なんと、[温馨窯]では、土をこねるところから始まる。2種類の土を、パンをこねるように混ぜていくのだが、土がなかなか固く、手強い。それでも、だんだんと手に馴染んでくる。
なんとかOKをもらって次の段階へと言いたいところだが……。どうにもこうにもならなかったのが、菊ねりだ。両手を巧みに使って、土を回しながらこねていくと、あら、不思議、菊の花弁のような美しい模様が浮かび上がってくる(師匠がやれば、です)。
しかし、ワタクシが何度やっても、土は崩れる一方で「師匠、できません!」
と心の叫びがリフレインする。
なんとかレスキューをしてもらって、菊ねりも終わり。「さて何を作りますか?」
古墳好きとしては、迷うことなく、一択しかない。「ハイ、前方後円墳を!」
師匠、一瞬、言葉が途切れる。
でもね、墳オタをよく理解してくださって、前方後円墳のプレートを制作することに決定。
まず、土を平たく伸ばし、竹べらで前方後円墳にかたちにカットしていく。
後円部の丸みを出すときは、ドキドキだ。絵柄は、先日訪れた九州の王塚古墳(福岡県嘉穂郡桂川町)の石室の絵をアレンジして描いてみた。
かたちにカットするのも、絵を描き入れるのも、一回だけのチャンス、やり直しはきかない。精神を集中して、これまた土器土器しながら、イメージに近づけるべく、線画を描いていく。
ふうぅ、描けた……!
「いい! いいですねえ。プリミティブなモチーフ、すてきですよ!」
師匠から絶賛(と思いたい)の言葉をいただいて、ほっとする。
古墳の緑をイメージして、青磁〜碧がかった釉の色を選び、あとは、乾燥、焼成などは先生にお任せして、約1ヶ月半後に完成品と会えることに。
土をこねるところから体験できるのは、なかなか大変だけど、印象深い経験となった。ものづくりはやっぱり楽しい。
金泉を使ったやきもののことが口コミで広がり、体験希望が増えているそうだ。
古きよき有馬の街に、また新しい風が吹きはじめたことを感じた。
陶芸体験後日談
1カ月後、温馨窯のご主人・田中さんからうれしいメールが……。
「すごく良い作品が焼き上がりましたよ!
古代のクリエイターが乗り移ったんじゃないか! ってくらいの素晴らしさです(笑)」
ワクワク嬉しいメールを受け取って、再び有馬温泉へ。
温馨窯を訪ねると、田中さんが満面の笑みで迎えくれた。
「見てください!」
うわあ、ほんとうにいい! 金泉釉古墳プレート。
福岡の「王塚古墳」の石室の絵をモチーフにしたのだけれど、焼成によって全体がキュッと締まって、バランスといい、図柄といい、緑がかった釉薬の色合いといい、いやはや、なかなかの出来栄え♡
やきもの師匠(勝手に呼ばせていただきます)の田中さんからも「額装して飾ってもいいですねえ!」とお褒めいただきました。
うれしいなあ。家宝にしよう。